晒し用
1
振り返る。君は居ない。あの角を曲がってしまったのだろうか?それとも走って行ってしまったのか?
傘を打つ雨音が虚しくさせた。人込の中にまぎれて僕の意識が希薄になってゆく。
もう忘れたよ。また、イライラは左側からやってくる。希薄になったはずの意識が輪郭を取り戻す。
今は眠りたい。泥のように眠りたい。
「やあ」
そんな風に気さくな音が降りかかる。知らない音。
「どうしたのさぁー、くらいくらい」
知らない口が動いて音を紡ぎ出す。僕の脳にはまだ声だと認識されないようで。
「まあぁいいくぁ、るーれっとはおにーさんをえらんだってよぅ。ある、アミダくじどっけ?」
音はメロディを奏でている。僕の心も合わせて揺れる。震えて落ちる。
「しーゆーあげいん」
落ちる。散る。
2
どうやら底が在ったようで、僕は転がった。草の匂いが鼻を衝く。立ち上がる気力は湧きません。生きる気力は失くしました。
「なにやってるのさ、おにーさんは」
もう、聞きなれた音が鳴る。しょうがないと諦めて立ち上がる。諦める?何も試みてないくせに。
「さー、いくよー。キリキリあるくっ!」
見えてみればなんてことなくそれは少女の声だと理解した。白い髪に白い肌、白い服、そして真っ黒な目。幽霊のようだと。
「君、誰」
声を出してみてから、僕はしゃべれる事を思い出した。かすれた声で。
「さぁー、しらにー」
自分だって何処の誰だか知れないというのにね。
「此処、何処」
「さぁて、おにーさんはしってるんじゃに?」
僕は何も知らない。実は興味も無い。それでも足は進んでます。キリキリと。
「つっけばわっかるさ、へへい、へい!」
彼女はへへい、へいと歩く。足取りは軽く。軽やかに、へい。僕のキリキリは油の切れた機械のように、キリキリ。
「おー、見えてきたぞい」
目の前には城、白い城。洋式の城。古城ではない。
「とーちゃく」
いつの間にか僕らは豪華な部屋の中。なんにも覚えていない。知らなくていいことは知らなくていい。
「良く来たな。褒めてやろう」
王座。玉座。座る?いや、ふんぞり返る。
「どれ、ちこう寄れ。これから治世の旅に出るのじゃ、撫でてやろう」
クイーン、女王。尊大だね。跪くのは慣れている。
「うむ、この撫で心地なら上手くやるじゃろ」
さあ、て。かみっぺらは風に流されゆらゆらり。たどり着くのはいずこやら。
「ぬーん、わちゃしもねでて?」
ああ、彼女もいた。いた。いた?
「ははは、お前はまだじゃよ。そういう約束じゃろ」
約束は破られて、辱められるからこその約束。守られれば泡となって消える。
「へいへいよー、んざいくけぃ」
消える。得る。
3
コツンコツンと無機質に響く。歩くよ歩けば、歩こうか。
「さちぇ、さいしょは、とーぞくたいじぃ」
盗むのはいけないね。盗んだこと?あるかな?あるよね。
「あじとさね、いーひびき。あっじっとー」
教会のような建物。教会は見たこと無い。三位一体、無理、所詮バラバラ。ばらけてグダグダ。
「僕、弱い」
そう、かみっぺら。白紙が一枚ゆらゆら。
「ふふんふん。でーじょぶ、じゃじゃーん、けん」
煌く刀身はギラギラ。ふむ、僕のように軽い。
「頑張る、か」
「そのように」
飛び出したのはどちらが先か、一、二、三。見たことも無いような化け物が聞いたことの無い叫びを上げる。
剣を振る、一、二、三、斬、残、零。
「おにーさん、つおい。ぱちぱち」
化け物は消える。灰になって消える。ああ、少し羨ましい。少し誇らしい。
「では、のこりも。いざ」
僕が剣を振っているのでは無いような気がしている。剣が僕を振り回す。疲れたよと言っても、休ませてくれる気配はないね。
すでに、僕が剣のよう。
「もうちょっと、やで」
残りは一つ、一際大きい。おう、よくもやってくれたなとしゃがれた声。殴られれば痛いよ。斬られればもっと痛いよ。
「しゅーりょーのおしらせです、ぷっぷー」
鼻から血でた。口から血でた。もう立てない。寝たい。
「つぎー、といいてーけど。おにーさんがぐちゃぐちゃしてりゅのでやすみますぇ」
次とはなにか、今は無く。前はあったのか、溶ける。
「では、けぇる」
溶ける。蹴る。
4
意味とか価値とかある?
「さて、かんがえーたこたぁねぇぜ」
そう。無意味で等価値なのね。結構、コケコッコー。
豪華なベッドに埋まる。息苦しくは無い。プカプカだね。
「んまい、これ。んーまーいー」
少女は赤い液体を飲む。こぼしながら飲む。ああ。真っ赤に染まっていく。いいよ、まだそっちのが生きている。僕?墨。
「他に何かご入用で?」
入り口に携えてあったような御爺さんが張りのある声。僕はああは成れない。乾いてる。湿ったら穴が開く。
「左様で、ではごゆるりと」
出て行く、すっとね。綺麗にね、関心。
「おー、おにーさん、おっきくなっとるね」
確かに、肥大。少し恥ずかしい。おーい、触るなって。
「うふん、つかれなんちょかっちゅうやっちゃな。どれ、しずめて、ほしい?」
少し軽蔑、自分をね。頷く頭を止められない。
「しょーじきはいーね。おー、おっきぃよぅ。ごりっぱでごぁざいぃ」
彼女は冷たく、僕は熱い。卓越した手さばき。さくらんぼの僕はすぐに終わり。
「はっや、ふーんふーん。まだかってー。へへ、わちゃしのぬぬれれ」
彼女の匂い、甘い匂い。ああ、これでは湿ってしまうよ。穴が開く。
「んはっ、ちゅっぱ、ちゅぷ。んー、おいひぃいおお、おいひぃいおお?」
味なんて良く分からない。彼女の口から伝わる刺激。滾る。
「おうおう、だめっでー。こんどはちゃんとしましま」
繋がる。熱く溶けあう。彼女?僕?曖昧で分からない。湿る。締める。
「んんっ、あはっ、いーもんもってんねー、おにーさん」
揺れる。きっと世界ごと揺れている。茹った血が駆け巡る。全身がグズグズになったか。
「はっん、ひぁん、んっ、んっ」
一心不乱。だけどもそれは乱れ咲き、白い彼女の肌は染まった染まった桜色。僕は根っこ。そして大地か。
「んー、い、いきそうーでぇっ。おに、おにーさんもぉごいっしょにぃっ」
吸い上げるのだ。何もかも。僕の気持ち、僕の思い出。そういうものはいらないのだと。
絞り上げる。もうね、それはもう果てる。
「ふー、よかよか。また、ごいっしょしまっしょ」
果てる。照る。
5
「きょんけーは、どぅらどぅらぎょんぎょん、どらごんごん、をぬっころ」
響く。洞穴はとても響く。漆黒な闇なはずだけど、彼女は今だ白く。
「今度は、死ぬ」
「けっけ、しんぺーないぞぅ。おにーさんねりゃでっきるさぃ」
飛び立ったのは蝙蝠だけではないはず。なにか飛んだ。飛ばすに食べたか?
「そうら、くっと。びゃーびゃーってひーはくね」
あたり一面橙色。そうね、これで僕も灰になる。さっきはごめんと心中で。と、成るはずだった。今生きる。まだ死ねない。
少し残念、少し安心。
「ふーん、わちゃしのおかげやねぇんでゃ」
どうせいつも僕は助けられてばかり。一人じゃ立っても居られない。居ても立っても居られない。どうせ動くのは剣なのだ。
僕はいわば介添え。お手伝い。なんてことない子供の使い。
「ひゅー、ぶるぁーぶぉー。ふぁんたすてぃっくだったぜぃ」
今度は音を上げて蒸発する。臭い。そりゃ生き物だもの、臭い。頭が回る。
「こーんどは、つっぎいけーんね。ごーよ、ごーごー」
回る。割る。
6
本当に最後?次は無し?嘘はつかれ慣れた。信じるってなんですか?
「うふふー、いおいお、おしまいのはっじまり」
疑うと言う事かい?ちがうよ信じるために、信じたいから疑うの。信じてないなら、気にもしない。
ほら、洞穴のその奥には少年がね、座っているよ。泣いてるの?ううん、違うね、笑ってる。
「ふふふ、良く来たね。まさか君が使われるとはね」
どうせ僕は、道具です。使い捨て、知らん振り。忘れられても文句はないさ。
「ふっふっふ、わちゃしでねりゃどめーなんで」
「そうだね、君がきたら終わりだね」
すっと、動く。動かされる。きっと風が吹いたのさ。誰が吹かした。彼女しかいない。いない?
「では、また会おう、きっと会える」
「っくっくっく、はばないすでい」
まさに最後、あっけなさはひとしおです。もう、何もかも終わり。何処に帰る。
「じゅわ、っとけえるべ」
帰る。得る。
7
もう、僕はいない。いないのに、いないはずなのに。いた。
「良くやってくれた。ちこう寄れ。撫でてやろう」
気づくのはいつも手遅れ。間に合う?そんなのは幻想。嘘っぱち。
彼女だった僕は、また彼女になった。クイーンは取られた。そう、黒く塗れ。黒い目が広がっていく。肌も髪も服も世界も。
「どうしてほしい?かえる?のこる?いきる?しぬ?」
「君は、どうしたい」
「ひとつに」
「そのように」
そう僕は、こうなりたかった。僕が拡散して、希薄になっていく。混ざり合う。すべてだと黒です。
彼女が僕に、僕が彼女に、世界が黒に、黒が世界に。
「わたしのこと、すき?」
最後の、ひと時。いまさらですね。
「きらいじゃない」
自然と声になった。届いたかな。
「ならいいよ」
どうやら届いたようだ。響いてはいないかもね。
「ぼくのこと、好き?」
どうやら、本当にもう終わり。落ちて、消えて、溶けて、果てて、回って、帰って、朽ちる。
「すき」
朽ちる。散る。